(法務省発行資料より)

平成30年7月に、相続法制の見直しを内容とする「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」と、法務局において遺言書を保管するサービスを行うことを内容とする「法務局における遺言書の保管等に関する法律」が成立しました。

民法には、人が死亡した場合に、その人(被相続人)の財産がどのように承継されるかなどに関する基本的なルールが定められており、この部分は「相続法」などと呼ばれています。

この相続法は、昭和55年に改正されて以来、大きな見直しがされてきませんでしたが、社会の高齢化の進展などの社会経済の変化に対応するために、相続法のルールが大きく見直されました。

具体的には、

① 配偶者居住権の創設

② 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置

③ 預貯金の払戻し制度の創設

④ 自筆証書遺言の方式緩和

⑤ 法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設(遺言書保管法)

⑥ 遺留分制度の見直し

⑦ 特別の寄与制度の創設

などの改正が行われています。

① 配偶者居住権の創設(平成31年4月1日施行)
配偶者が相続開始時に被相続人の建物に居住していた場合に、配偶者は、遺産分割協議において配偶者居住権を取得することにより、終身又は一定期間、その建物に無償で居住することができるようになりました。被相続人が遺贈によって配偶者に配偶者居住権を取得させることもできます。

旧制度では、配偶者が居住建物を取得する場合には、他の財産を受け取れなくなってしまう
事例 相続人が妻及び子、遺産が自宅(2,000万円)及び預貯金(3,000万円)だった場合
妻と子の相続分 = 1:1 (妻2,500万円 子2,500万円)
妻 自宅(2,000万円)+預貯金500万
子 預貯金2,500万円

新ルールでは、配偶者は自宅での居住を継続しながらその他の財産も取得できるようになる
妻 配偶者居住権(1,000万円)+預貯金1,500万円
子 負担付き所有権(1,000万円)+預貯金1,500万円

② 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の贈与等に関する優遇措置(令和元年7月1日施行)
婚姻期間が20年以上である夫婦で居住用不動産(居住用建物又はその敷地)の遺贈又は贈与がされた場合については、原則として、遺産分割における配偶者の取り分が増えることになりました。

旧制度では、贈与等を行ったとしても、原則として遺産の先渡しを受けたものとして取り扱うため、配偶者が最終的に取得する財産額は、結果的に贈与等がなかった場合と同じとなり、被相続人が贈与等を行った趣旨が遺産分割の結果に反映されない
事例 相続人 配偶者と子2名
遺産 居住用不動産(持分2分の1)評価額2,000万円 その他の財産 6,000万円
配偶者に対する贈与 居住用不動産(持分2分の1)2,000万円

配偶者の取り分を計算するときには、生前贈与分についても相続財産とみなされるため、(8,000万円+2,000万円)×1/2-2,000万円=3,000万円となり、
最終的な取得額は、3,000万円+2,000万円=5,000万円となる。
結局、贈与があった場合とそうでなかった場合とで、最終的な取得額に差異がないこととなる。

新ルールでは、被相続人の意思の推定規定を設けることにより、原則として遺産の先渡しを受けたものと取り扱う必要がなくなり、配偶者は、より多くの財産を取得することができるようになるので、贈与等の趣旨に沿った遺産の分割が可能となる
先程と同じ事例において、生前贈与分について相続財産とみなす必要がなくなる結果、配偶者の遺産分割における取得額は、8,000万円×1/2=4,000万円となり、
最終的な取得額は、4,000万円+2,000万円=6,000万円となり、
贈与がなかったとした場合に行う遺産分割より多くの財産を最終的に取得できることとなる。

③ 預貯金の払戻し制度の創設(令和元年7月1日施行)
預貯金が遺産分割の対象となる場合に、各相続人は、遺産分割が終わる前でも、一定の範囲で預貯金の払戻しを受けることができるようになりました。

旧制度では、遺産分割が終了するまでの間は、相続人単独では預貯金の払戻しができない
平成28年12月19日最高裁大法廷決定により、
① 相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれることとなり、
② 共同相続人による単独での払い戻しができない
こととされた。
よって、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの資金需要がある場合にも、遺産分割が終了するまでの間は、被相続人の預貯金の払戻しができない。

新ルールでは、遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応できるよう、預貯金の払戻し制度を設ける。
(1)預貯金債権の一定割合(金額による上限あり)については、家庭裁判所の判断を経なくても金融機関の窓口における支払いを受けられるようにする。
(2)預貯金債権に限り、家庭裁判所の仮分割の仮処分の要件を緩和する。

(1)家庭裁判所の判断を経ずに払戻しが受けられる制度の創設
遺産に属する預貯金債権のうち、一定額については、単独での払戻しを認めるようにする。
(相続開始時の預貯金債権の額(口座基準))×当該払戻しを行う共同相続人の法定相続分=単独で払戻しをすることができる額
※ただし、1つの金融機関から払い戻しが受けられるのは150万円まで。

(2)保全処分の要件緩和
仮払いの必要性があると認められる場合には、他の共同相続人の利益を害しない限り、家庭裁判所の判断で仮払いが認められるようにする。(家事事件手続法の改正)

④ 自筆証書遺言の方式緩和(平成31年1月13日施行)
自筆証書遺言についても、財産目録については手書きで作成する必要がなくなります。
※もっとも、財産目録の各頁に署名押印する必要があります。

旧制度では、自筆証書遺言を作成する場合には全文自書する必要がある。
✖ パソコンで目録を作成
✖ 通帳のコピーを添付

新ルールでは、自書によらない財産目録を添付することができる。
 パソコンで目録を作成
 通帳のコピーを添付
財産目録には署名押印をしなければならないので、偽造も防止できる。

⑤ 法務局における自筆証書遺言の保管制度の創設(遺言書保管法)(令和元年7月10日施行)
自筆証書遺言を作成した方は、法務大臣の指定する法務局に遺言書の保管を申請することができます。
※作成した本人が遺言書保管所に行き手続きを行う必要があります。

遺言者の死亡後に、相続人や受遺者らは、全国にある遺言書保管所において、遺言書が保管されているかどうかを調べること(「遺言書保管事実証明書」の交付請求)、
遺言書の写しの交付を請求すること(「遺言書情報証明書」の交付請求)ができ、また、遺言書を保管している遺言書保管所において遺言書を閲覧することもできます。
※遺言書保管所に保管されている遺言書については、家庭裁判所の検認が不要となります。
※遺言書の閲覧や遺言書情報証明書の交付がされると、遺言書保管官は、他の相続人等に対し、遺言書を保管している旨を通知します。

◎ 遺言の活用

遺言とは、自分が死亡したときに財産をどのように配分するか等について、自己の最終意思を明らかにするものです。
遺言がある場合には、原則として、遺言者の意思に従った遺産の分配がされます。
また、遺言がないと相続人だけに財産が承継されることになりますが、遺言の中で、日頃からお世話になった方に一定の財産を与える旨を書いておけば(遺贈といいます)、相続人以外の方に対しても財産を取得させることができます。
このように、遺言は、被相続人の最終意思を実現するものですが、これにより相続をめぐる紛争を事前に防止することができるというメリットもあります。
家族の在り方が多様化する中で、遺言が果たす役割はますます重要になってきています。

我が国においては、遺言の作成率が諸外国に比べて低いといわれていますが、今回の改正により、自筆証書遺言の方式を緩和し、また、法務局における保管制度を設けることにより自筆証書遺言が使いやすくなっています。
遺言の方式には、主に自筆証書遺言と公正証書遺言があり、作成される方のニーズに応じて使い分けていただければと思います。

○ 自筆証書遺言
自筆証書遺言は、簡易な方式の遺言であり、自筆能力さえ備わっていれば他人の力を借りることなく、いつでも自らの意志に従って作成することができ、手軽かつ自由度の高い制度です。今回の立法により、財産目録については自署しなくてもよくなり、また、法務局における保管制度も創設され、自筆証書遺言がさらに利用しやすくなりました。

○ 公正証書遺言
公正証書遺言は、法律専門家である公証人の関与の下で、2人以上の証人が立ち会うなど厳格な方式にしたがって作成され、公証人がその原本を厳重に保管するという信頼性の高い制度です。また、遺言者は、遺言の内容について公証人の助言を受けながら、最善の遺言を作成することができます。また、遺言能力の確認なども行われます。

⑥ 遺留分制度の見直し(令和元年7月1日施行)
(1)遺留分を侵害された者は、遺贈や贈与を受けた者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の請求をすることができるようになりました。
(2)遺贈や贈与を受けた者が金銭を直ちに準備することができない場合には、裁判所に対し、支払期限の猶予を求めることができます。

旧制度では、①遺留分減殺請求権の行使によって共有状態が生ずる(事業承継の支障となっているという指摘)、②遺留分減殺請求権の行使によって生じる共有割合は、目的財産の評価額等を基準に決まるため、通常は、分母・分子とも極めて大きな数字となる(持分権の処分に支障が出るおそれ)
事例 経営者であった被相続人が、家業を手伝っていた長男に会社の土地建物(評価額1億1,123万円)を、長女に預金1,234万5,678円を相続させる旨の遺言をし、死亡した(配偶者は既に死亡)。遺言の内容に不満な長女が長男に対し、遺留分侵害請求

長女の遺留分侵害額 (1億1,123万円+1,234万5,678円)×1/2×1/2-1,234万5,678円=1,854万8,242円
(旧制度)
会社の土地建物が長男と長女の複雑な共有状態に
長男 9,268万1,758/1億1,123万
長女 1,854万8,242/1億1,123万

新ルールでは、
①遺留分減殺請求権の行使により共有関係が当然に生ずることを回避することができる
②遺贈や贈与の目的財産を受遺者等に与えたいという遺言者の意思を尊重することができる
(改正後)
遺留分減殺請求によって生ずる権利は金銭債権となる。
同じ事例では、長女は長男に対し、1,854万8,242円請求できる。

⑦ 特別の寄与制度の創設(令和元年7月1日施行)
相続人以外の被相続人の親族が無償で被相続人の療養看護等を行った場合には、相続人に対して金銭の請求ができるようになりました。

旧制度では、相続人以外の者は、被相続人の介護に尽くしても、相続財産を取得することはできない
事例 亡き長男の妻が、被相続人の介護をしていた場合
●被相続人が死亡した場合、相続人は、被相続人の介護を全く行っていなかったとしても、相続財産を取得することができる。
●他方、亡き長男の妻は、どんなに被相続人の介護に尽くしても、相続人ではないため、被相続人の死亡に際し、相続財産の分配にあずかれない。

新ルールでは、相続開始後、亡き長男の妻は、相続人に対して、金銭の請求をすることができる。これにより、介護等の貢献に報いることができ、実質的公平が図られる。